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駄菓子、文字を書く

現役大学生が語ったり、発信したり何でもありなブログです

やめるって悪いこと?~やめるという行為を真剣に考えてみる~

こんにちは、駄菓子です。

今日は、「やめる」という行為について考えていきたいと思います。

「やめる」という言葉を聞いて、あなたは何を思いますか?

マイナスイメージが浮かんでくるでしょうか。

やめるとは何か?

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「やめる」とは何か?

やめるという言葉は、大なり小なりさまざまな使い方をされます。

小さいことなら、

「走るのをやめる」、「飲むのをやめる」というような単純な動作。

大きいことなら、

「学校をやめる」、「会社をやめる」など、自分が今まで属していた組織や、

「海外へ移住する(=日本にいるのをやめる)」など、生活をする上で大きなウェイトを占めているものを指します。

今回僕が考えたいやめるという行為は、大きい方です。

やめる=マイナスイメージ

皆さんは、この大きい方の「やめる」を考えるときに、どのようなイメージが浮かびますか?

多くの方は、マイナスイメージを抱くでしょうか。

確かに、それは仕方のないことでしょう。

「学校をやめる」なんて友達に言われたら、僕は間違いなく止めます。

でも、「やめる」という行為はそんなに悪いものなのでしょうか?

やめる=悪いこと?

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やめるという行為は悪いことなのでしょうか。

おそらく、世間的にやめるというのは悪い行為でしょう。

電通で働いていた女性社員が、過労の末自殺してしまった忌まわしい事件もありました。

www.sankei.com

仮に女性社員が会社を退職していれば自殺が防げていたのかどうか、

断定はできませんが、その可能性は大いにあると思います。

入社して数年で退職するのは、日本において悪いイメージがつきまといます。

女性の方がそのせいで退職を決断することができなかったのかは分かりませんが、関係あることは間違いないでしょう。

僕がここで言いたいのは、この女性に「やめる勇気」が無かったということではありません。

過労ゆえに正常な判断ができなかったり、世間体の問題もあったのかもしれません。

「やめる=悪いこと」という固定観念に、問題があると思うのです。

やめると逃げるは別である。

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ここで勘違いしてはならないのが、やめる≠逃げるであるということ。

やめるという意味は

「現状に違和感または疑問を抱き、そこから離れること」

逃げるという意味は、

「やらなければいけないことを無視すること」

であると思っています。

例えば、「部活をやっているけどやっぱり留学に行きたいから退部する」というのは、

「やめる」であると思います。

一方で、「明日試験があるけど、勉強がめんどくさいからやらない」

これは「逃げる」であると思います。

僕も多くのやめるを経験してきた

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皆さんも、大なり小なりやめる経験をしていると思います。

僕だってそうです。

思い出せるだけでも、高校時代以降このような「やめる」をしてきました。

・クラスメイトと無意味に群れるのをやめる(高校)

推薦で大学に行くのをやめる(一般受験に切り替える)(高校)

・部活をやめる(大学)

・サークルをやめる(大学)

・バイトをやめる(大学)

・話しててもつまらない友達と群れるのをやめる(大学)

それぞれ、部活をやめた時以外は正当な理由があってやめました。

部活をやめた時に関しては後述します。

なぜ、やめることは馬鹿にされるのか?

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僕が大学の部活をやめた当初、よく友達に馬鹿にされていました。

「お前部活やめたの?何してんだよ。笑」という感じで...

いざ言われると腹が立ちましたが、何も言い返せませんでした。

なぜか?

それは、退部した後の具体的なビジョンがなかったからです。

仮にビジョンがあって、こういう風に言えば馬鹿にされることもなかったでしょう。

「部活に入ってみたけど、やっぱり俺は長期で留学に行きたくて、その為にお金も貯めなきゃいけないんだよね。」

やめて馬鹿にされる人は、大抵その後のビジョンがありません。

なんとなく、ただキツいという理由で辞めることが多いです。

(人間関係、金銭関係などはまた別問題です)

仮にビジョンがある人は馬鹿にされても、別になんとも思わないでしょう。

ビジョンがあるのに馬鹿にしてくる人なんて無視すればいいんです。

ビジョンがあってやめて後悔してる人なんて殆どいない

やめた後の具体的なビジョンがあって物事をやめている人で、後悔している人はほとんどいないでしょう。

現に、僕も今となっては部活を退部したことは全く後悔していません。

やめた当初は、その後の具体的なビジョンが無かったので後悔したこともありましたが。

また、中途半端な人間関係で群れることをやめたことも全く後悔していません。

逃げたはやめたに修正できる

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つまり、逃げた→やめたに修正することができます。

その方法はただ一つ。

その後の人生を、自分なりに充実させていく。

これに尽きると思います。

僕が部活を退部したのだって、端から見れば「逃げた」でしょう。

でも別に他人にどう思われようといいんです。

その人が何を言おうと、どのような人生を歩むか決めるのは自分だけです。

僕は部活から逃げたおかげで、2年後には気付いたら休学することになりました。

もし部活を続けていたら、多分こんなことにはなっていなかったでしょう。

この記事で伝えたかったこと

最後に、この記事で何を伝えたかったのかというと、

逃げるは恥だが役に立つ

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まさにこれです。笑

ちなみにドラマは1回も見たことないです

やめた時に、誰かから「逃げるとかダサいね。」とか言われることもあるでしょう。

仮にその時はダサくても、そこから巻き返せばいいんです。

そうしたら、自然と「あれは逃げたんじゃなくてやめたんだ!」と自己暗示できるはずです。笑

もちろん、やめる場合にはそれに至るまでにある責任は果たすべきです。

でも、仮に部活の部長を務めていたとしても、本当にやりたい事があるなら僕はやめるべきだと思います。

人生は一度きりですから。

でも、バイトのばっくれ。お前はアウトだ!笑

そして、今回の記事で僕は社会人の方に偉そうに言うつもりはないです。

所詮僕はまだ学生で、社会人の方のやめるリスクというのは分からないからです。

今回の記事は、特に自分含め責任の少ない学生の方へ向けて書きました。

「やめる」僕はこれからもこの言葉を大事にしていきたいと思います。

やめることに躊躇している人にとって、少しでも参考になったら嬉しいです。

 

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